平成28年(2016年)に発生した熊本地震から、今年で10年。そして本年7月には、再び熊本を大きな揺れが襲いました(令和8年熊本地震)。二度にわたる大規模地震の経験は、高齢者福祉に携わる私たちにとって、決して「過去の出来事」で終わらせてはならない、生きた教訓に満ちています。今回は、実際に被災した介護施設の記録や報告をもとに、恵光会としても改めて心に留めておきたいことをまとめました。
揺れそのものより恐ろしい「災害関連死」
2016年の熊本地震では、犠牲者278名のうち、建物の倒壊などによる直接死は50名だった一方、避難生活の中での体調悪化や持病の悪化などによる「災害関連死」は228名にのぼり、そのうちおよそ8割が70歳以上の高齢者だったと報告されています。地震の揺れそのものを生き延びても、その後の避難生活の質が命を左右する。この事実は、私たち介護・福祉施設が何よりも重く受け止めるべき点です。
また、熊本地震はわずか28時間の間に震度7の激しい揺れが2回発生したことでも知られています。一度目の揺れに耐えた建物が、二度目の本震で被害を受けた例もありました。「大きな揺れが収まったから大丈夫」と考えず、繰り返す余震を前提とした行動を徹底することが欠かせません。
「想定外」をなくす備え
熊本市内のある介護老人保健施設では、非常用の自家発電機を備えていたものの、想定を超える電力負荷により稼働時間が短くなり、電子の介護記録システムやナースコールが使えなくなった経験が報告されています。職員は紙での記録や見回りに切り替えて対応にあたりました。また、断水・停電が長引く中では、どこに止水栓があるかを職員全員が把握していることや、両手が自由に使える懐中電灯(ヘッドランプ)を備えておくことの大切さも指摘されています。マニュアルを作るだけでなく、実際に「電気が消え、水が止まった暗闇」を想定した訓練を重ねることが重要です。
福祉避難所としての役割と限界
多くの施設が自治体と連携し「福祉避難所」に指定されていますが、発災直後は職員自身も被災者であるため、開設や運営がすぐには進まなかったという声も少なくありません。要配慮者の受け入れに備え、あらかじめ受付・アセスメントの様式を整えておくこと、そして職員とその家族のための備蓄も忘れないことが、施設として長く支援を続けるための土台になります。
命と尊厳を守るケアの工夫
避難生活では、体圧分散マットが使えず褥瘡が生じたり、配給が乾いた食事に偏り、飲み込む力の弱い高齢者が低栄養に陥ったりする課題も報告されています。ある施設では、栄養科の職員が発案し、地震当日から温かいお粥とみそ汁を提供したところ、利用者に大変喜ばれたそうです。不安が強まる認知症の高齢者には、アロマケアや優しく触れるケアで心を和らげる取り組みも行われました。命を守るだけでなく、尊厳あるケアを最後まで続けることの大切さを教えてくれます。
地域とのつながりが命を守る
夜間、少人数の職員だけで多くの利用者を避難させるのは容易ではありません。ある特別養護老人ホームでは、地域の消防団や近隣住民が自発的に駆けつけ、利用者を背負って全員が無事に避難できた事例もあります。施設だけで抱え込まず、日頃から地域や関係機関とのつながりを育んでおくことが、いざという時の力になります。
支える職員自身も「被災者」であること
見落とされがちですが、災害時に利用者を支える職員もまた、自宅が全壊・半壊するなど深刻な被災者であるケースが少なくありません。それでも施設に駆けつけ、過酷な長時間勤務と精神的なストレスの中でケアを続けた職員がいたことも、熊本地震の教訓として記録されています。だからこそ、職員とその家族のための備蓄や休息をあらかじめ計画に組み込み、支える人を支える仕組みをつくっておくことが欠かせません。
おわりに
BCP(業務継続計画)の策定は、今や介護・福祉施設に義務づけられています。しかし、それが「作っただけの分厚いファイル」で終わっては意味がありません。災害時に高齢者の命と暮らしを守るのは、気合いや根性論ではなく、電気が消え、水が止まった状況でも職員が迷わず動けるシンプルなルールと、日頃からの訓練の積み重ねです。恵光会も、これまでの震災の教訓を胸に刻み、地域の皆様、そして大切なご利用者・職員を守り抜くため、「本当に動ける備え」をこれからも磨き続けてまいります。